…好きです… シャワーの音に混じって自分の言葉が耳に入ってくる ……大好きなんですっ… 面と向かって言えない言葉。 あの人はいつも優しく笑ってくれて だけど私は…ダメな、名前だけの管理人で。 今の関係が壊れてしまったら… そう思うと踏み出すことができない。 「今のままでいいの… 今のままで…」 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 |
管理人さんが慌ただしく出かける準備をしている。 俺の出勤よりも早いので今日は俺が見送る形だ。 「明日の夜までには戻れると思います。 戸締まりと火の元にだけ気を付けて下さいね。 はじめてのおるすばんなんですから」 管理人さんはいたずらっぽく笑う。 「それと、2階の一番奧の開かずの間にはくれぐれも…」 「…そこは俺の部屋です」 たわいのない冗談に二人で顔を見合わせて笑った。 「…では、行って来ます」 |
下宿に帰ると鍵が開いていた。 どうやら管理人さんはもう戻っているようだ。 「ただいまー」 そう言って玄関を開けると、見慣れない少女と目が合った。 「あ、えーと …はじめましてっ!」 少女は好美(すくみ)ちゃんというらしい。利発そうな子だ。 一通り挨拶を済ませてから切り出した。 「ところで、管理人さんは…?」 「それが…ちょっと落ち込んでまして。 奥の部屋でいじけてるんで、慰めてあげてください…」 |
リビングに行くと管理人さんがテーブルに突っ伏していた。 「あ…おかえりなさい…」 「…何かあったんですか?」 「ヒント。 …新幹線…お土産」 「察しました」 何だ、そんな事か。 …でもそれだけじゃない気もするなぁ。 「…あと、今日から下宿人が増えますー」 「もぉー!そこは『家族が増えるのよ』ってお腹をさするのーって教えたのにー」 いつの間にか俺の横に来たすくみちゃんがむくれていた。 「先に玄関で会ってるんだからそれは効かないぞ」 「ぶーっ」 そのやりとりを聞いて管理人さんはまたため息をついた。 |
「…だから、アタシとお姉ちゃんは従姉妹なのよ」 「ふーん」 すくみちゃんの荷物を運びながらそんな話をしていた。 生活感の無かった空き部屋がどんどん活き活きとしてくる。 さすがに女の子の部屋だ。大きなぬいぐるみと白いカラーボックス。 それとノートパソコンが3台。 えっ? 「ホントはプリンタとスキャナーも持って来たかったけど、 そこら辺はお姉ちゃんに共用させてもらうとして。あとは資料用のDV…」 「すーくーみーちゃーん、ちょーっと休憩しましょうかー?」 管理人さんはすくみちゃんを後から抱きしめた。 (別にパソコン持ってるのなんて隠す事ないのに…) |
管理人さんと夕食後のひととき。 お茶とカステラでまったりタイム。 すくみちゃんは入浴中だ。 「…気になりますか?あの子の事」 管理人さんが切り出した 「ご両親が海外に行っている間、ウチで預かる事にしたんです。 身内事でご迷惑をかけるかも知れませんが、よろしくお願いします」 「気にしないで下さい。妹ができたみたいで楽しいですよ」 管理人さんの笑顔が少しだけ寂しそうに見えた。 「あ”、カステラの皮が…」 …やっぱりいつもの管理人さんだ。 |